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大阪高等裁判所 昭和31年(ラ)262号 決定

抗告人(抵当債権者) 住宅金融公庫

相手方(債務者) 川原渉 外一名

主文

原決定を取消す。

本件を和歌山地方裁判所に差戻す。

理由

抗告人は主文と同旨の裁判を求め、その抗告理由は別紙記載のとおりである。

よつて案ずるに、本件記録によると抗告人は相手方(債務者)川原渉に対し昭和二六年七月二〇日和歌山地方法務局所属公証人木下文蔵受付第七四、七〇九号債務弁済抵当権設定契約公正証書に基く債権につき右相手方所有の和歌山市広瀬中之町一丁目一三番地の五、家屋番号同所第三九番一号一、木造瓦葺平家居宅建坪一九坪二合五勺に対して第一番順位の抵当権を有するところ、相手方三和金融株式会社は昭和三一年八月二日右債務者から右不動産の所有権を取得しその登記をなした上同年九月五日第三取得者として抗告人に対し抵当権滌除の通知をしてきたが、抗告人はその提供金額に承服できないので民法第三八四条に基き同年九月二五日右第三取得者に対し増加競売の請求をし、また、右債務者に対してその旨通知をしたとして同月二六日原裁判所に本件増加競売の申立をしたこと、右競売申立の目的不動産についてはこれより先昭和二九年一一月一〇日受付を以つて大蔵省のため国税滞納処分による差押登記がなされていることが明であり、右申立の理由として主張する事実関係は申立書添付の疏明書類によつて一応疏明せられているものと認めてよい。

ところで国税滞納処分による差押登記のある不動産につき強制競売又は抵当権実行による競売の申立がなされた場合裁判所は右申立につき競売手続開始決定ができるかどうかについては、二個の競売手続の競合する場合に関し民事訴訟法第六四五条第一、二項の規定がある(右規定が強制競売手続と競売法による競売手続との競合及び競売法による二つの競売手続の競合の場合にも準用さるべきことは判例通説の是認するところである)のに後にも述べるように、本来別個の手続である滞納処分と競売手続との関係については直接の明文がないため、立法論は兎に角として、専ら解釈と運用の問題として残されている。

先ず民事訴訟法第六四五条は第一項において「裁判所ハ競売手続開始決定ヲ為シタル不動産ニ付キ強制競売ノ申立アルモ更ニ開始決定ヲ為スコトヲ得ス」とし、第二項において「右申立ハ執行記録ニ添付スルニ因リ配当要求ノ効力ヲ生ジ、又既ニ開始シタル競売手続取消ト為リタルトキハ第六四九条第一項ノ規定ヲ害セサル限リハ開始決定ヲ受ケタル効力ヲ生ス」と規定しており、右規定によると後になされた第二の競売申立については更に開始決定はせぬが、これを記録に添付して配当要求をしたのと全く同様の効力を与へ、また、前に開始決定がなされた手続が取消になつたときと云う補充的ないし、条件付にではあるが、そのときには別段の手続を要しないで当然開始決定を受けたのと同様の効力を生じ、第二の申立人は自己のためにその儘爾後の競売手続を続行することができることを保証しているのであり、右第一項と第二項とが表裏一体となつて債権者の競売申立権がその申立の前後によつて実質的に変りないこととし権利の保護に遺憾なきことを期している。即ち右第六四五条第一項が二重競売を禁止する法意は最初に競売の申立をした債権者以外の者に対してはその申立権を否定し、またはこれに差等をつけるべきだと云うのでは決してなく、ただ、同一不動産につき既に競売(換価)のための手続が開始されているのに更に同様の手続を開始することは二重の労力と費用を浪費するだけであるし、また前の手続を阻害するとの考慮のみにかかつているとみて差支なく、右規定が競売(換価)実施の前提段階とも云うべき開始決定及び申立登記記入の嘱託をも含めて二つの手続の同時開始を禁じていることの妥当性は同条第二項で第二の申立にも一定の効力を認めている限りにおいて充分に理解しうるのであつて、民事訴訟法第六四五条の定立する二重競売禁止の原則は第一項と第二項とを切離して考えることはできないのである。

ところで、右二重競売禁止の原則は滞納処分による差押登記後の競売申立についてもその儘適用されうるか。思うに右二つの手続は前者は国税徴収法により収税官吏の行う行政上の手続であり、後者は民事訴訟法による執行手続又は競売法による訴訟手続であり本質的に異る別個の手続であるが、両者は窮極的には債務者所有の不動産を換価処分(競売又は公売)しその換価金を以つて費用及び債権に充当するために行う手続である点において共通しているので、前記二重競売禁止の根本精神からみて直接の明文がなくとも両手続を同一不動産に対して同時に行うことができないものと解する。然しながらこの場合右第二項の適用については前記の如く本来異質の手続であり、手続法規も実施機関もちがうので、この点に関する関係規定の存在しない現行法の下においては理論的にも実際的にも右申立自体により直ちに記録添付と同様の効力を生じ目的不動産に対して拘束力を生じるものと解することは困難であるから前叙の如く後になされた競売の申立を同等に取扱わるべきものとすれば右申立につき競売実施の前提段階とも云うべき差押手続として競売手続開始決定及び右申立登記記入の嘱託をする迄の手続をし記録添付と同じ効力を保持せしめておくことは必要且有益であつて前記二重競売禁止の精神に背致するものでなく、却つて法の真意に沿うものと考える。そして一個の競売手続を右のように競売実施の前提段階としての差押手続と競売(換価)実施の手続とに区分して考えることは民事訴訟法強制執行編中動産、不動産、債権等各種財産権に対する強制執行の規定並に競売法の規定にみるもこれらは何れも差押、換価、配当の順序を追つて手続が進められ、その間自ら、このような手続上の段階を予定して定められているのであるから決して不自然のものではないし、また、民事訴訟法は現実に競売の実施を伴わない差押、即ち仮差押、の制度を定めており、この場合同一不動産に対して二重の差押をなすことを禁じておらず、既に仮差押のなされた後に競売手続開始決定をなすことも妨げない。(右第六四五条第三項)また、仮差押は既になされた滞納処分の執行を阻害することがないのである(国税徴収法第一九条)から、滞納処分後になされた競売について目的不動産に対して前記のように差押手続(開始決定並に登記記入の嘱託)だけをした上手続を停止して民事訴訟法第六四五条第二項と同様の効力を保持し、滞納処分が解除又は停止せられたときは直ちに手続を進行しうるようにしておくことは合理的であり解釈上許さるべきものと思う。

若しそうでなく、或る不動産につき一旦滞納処分による差押がなされた以上更に競売開始決定をなすことを許されないと解すべきだとすると、執行債権者は右差押の解除を待つか、または滞納者の有する残余金交付債権(国税徴収法第二八条第一項)を差押える外なく、而も滞納処分による差押の解除後競売の申立をなすまでの間に不動産の所有名義を変更される危険にさらされ、執行の要件が既に具備されているのに別に権利保全の手続をなさない限りその危険を甘受しなければならないであろう。又抵当債権者は国税徴収法第二八条第二項により売得金から優先弁済を受ける権利だけは確保されているとは云え、本件のように第三取得者から滌除の通知を受けたような場合には民法第三八四条競売法第四〇条により決定の期間内に増加競売の請求をし且増加競売の申立をすることを要しこれを怠ると第三取得者の提供を承認したものとみなされる不利益を受けるのであるから、右法規を遵守してなされた競売の申立が偶々その不動産につき先に滞納処分がなされていると云うだけで開始決定すらえられず一旦申立却下の運命に遭い申立に対して何等の効力も認められないものとすれば債権者の保護は到底期待できないことになり、却つて民事訴訟法第六四五条の根本精神に反することになる。また、国税優先の原則と云うもそれは単に公租公課は他の債権に先立つて弁済を受けしめると云うに止り(国税徴収法第二条第三条第四条の一)納税者の財産が、その処分のために他の差押等を許さぬ特別担保となることまでも規定していないからこの原則を拡張して、右見解を支持することは到底困難であると考える。

以上の理由により国税滞納処分による差押登記後になされた本件競売の申立については執行裁判所はこれを直ちに却下することなく、申立要件を具備する限り、競売手続開始決定をなし且右申立登記記入の嘱託をして差押の効力を保持せしめたうえ手続を停止し競納処分が解除又は停止せられたときは民事訴訟法第六四五条第二項に準じて競売手続を進行すべく、なお若し滞納処分による競売手続が完結をみたときは同法第六九〇条により競売申立記入登記の抹消を嘱託して手続を完結すべきものと解する(東京高裁民五部昭和三〇年八月一五日判決高裁判例集第八巻五号三八二頁参照)ので、これを却下した原決定は違法といわねばならない。よつて、原決定を取消し本件を原裁判所に差戻すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判官 田中正雄 神戸敬太郎 松本昌三)

抗告理由

原決定は既に滞納処分による差押登記ある不動産に対し更に競売申立をなすことは許されないとする趣旨であるが、国税滞納処分による差押登記ある不動産につき強制競売の申立があつたときは開始決定をすべきであるとする先例(昭和三〇年八月一五日東京高等裁判所第五民事部判決)もあり、特に本件の如き増加競売申立の場合は債権者において滞納処分による差押の解除を待つが如き余裕は存在せず、民法第三八四条競売法第四〇条との関係上増加競売の申立が却下せられ、その間に滞納処分が取消されんか債権者において第三取得者の提供を承諾したるが如き結果となる。右理由により原決定は失当と思料し、ここに抗告の申立をする次第である。

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